☆無我なのか真我なのか☆ [無断転載禁止]©2ch.net

1神も仏も名無しさん2017/02/19(日) 03:36:54.41ID:4ntEsV8Y
自我執着がなくなったらどうなるのか…
人間の本質とは何なのか…
そろそろ結論を出そう

466神も仏も名無しさん2017/09/05(火) 09:51:37.13ID:wDcLWd+s
宝珠のコテで、最近読んだ本で行き当った。
http://www.k-jz.com/price/9784864030038.html
稲荷大神 (イチから知りたい日本の神さま)

宝珠は伏見稲荷の密教の伝統を受け継いでいるのであった・・・・・。
宝珠は大きい狐。

467神も仏も名無しさん2017/09/05(火) 09:55:22.90ID:wDcLWd+s
やっと、宝珠とやり取りできるネタを手にいれた、伏見稲荷。
しかし、野狐の霊が憑いて騙しに来るとか。
伏見稲荷に行ったことはねえが。
伏見稲荷のお山に登る根性が出ねえ笑。

宝珠と、やり取りする付き合い程度だな。

468宝珠真範@迦楼羅 ◆9XuF3XEACk 2017/09/05(火) 12:05:44.04ID:c63RYp9O
>>459
>そういう知識的なことはある程度知っています。

了解。

>もう少し宝珠さの個人的見解をお聞きしたかったのですが

私は自分なりの見解というものも持っていますが(そして、それをとても大切にしている)、
けれども、大部分においては神智学の特にベイリー著とクレーム著、
そして、クレーム氏の師である覚者から提供された情報をとても信頼しています。
なので特に異なった個人的な見解でない場合には、そのまま学んでいる教えと情報に対して私も同意しているということです。
クレーム氏の師である覚者から提供されたイニシエートたちの進化段階の公表についていえば、
これまで私自身の評価する殆ど想定通りそのままのものばかりが発表されてきたので、これについてはとても信頼しています。
尚、ただし当初において少しだけ面食らったのは空海の進化段階2.0についてでした。
真言密教を学んできた私からすると、もっと高レベルを想定したのでこれには驚いたのです。
けれどもそれは、空海にまつわる神格化と伝説の凄さに麻痺してバイアスが掛かっていたからなのだろうと納得しています。
それでも2.0段階ならば、強力な神通を発揮するレベルには違いありません。

>ヨガナンダは本の内容やラマナマハリシに会ったときの話などから自分は悟ってないような気がしますが、

クレーム氏もごく一部についてですが、あまり評価しない部分を持っていたような気がします。
ただし、アヴァターというのは意図的に不可解なところや未成熟な印象を態と演じている場合などもあるので難しいところです。
そもそも人間の人生における霊的歩みの模範を演じているのがアヴァターですから。
そのために敢えて受肉し公衆の中で生きているということ。
また、仮にもしヨガナンダが五段階のレベルだったとするならば、
仏教の開祖、ゴータマ王子の肉体を通して働かれたシャンパラのブッダの八段階と比較するならば、
そのレベルの違いは歴然です。

469宝珠真範@迦楼羅 ◆9XuF3XEACk 2017/09/05(火) 12:06:39.78ID:c63RYp9O
>>454
>非二元の教師あたり

これは近年〜現代だとどういう教師たちがいるのでしょう?
さすがに新しめの情報にはちょっと疎いかもしれません。
私がとても強く認めているのはラマナ・マハルシです。
神智学協会が見出した元世界教師の器だったクリシュナムルティは4.0段階でしたね。
私もまだ覚者には至ってないものと見てましたから、これはまさに想定通りの進化段階でした。

470宝珠真範@迦楼羅 ◆9XuF3XEACk 2017/09/05(火) 12:14:39.84ID:c63RYp9O
>>466-467
ハテ?私のこと?
それとも、狐が加える玉(摩尼宝珠)のことかな?
確かに私のハンドルネームは「マニ宝珠」「チンター・マニ」からきてるが...。

まっ、稲荷には関心ない。
というよりは、むしろ意識的に全く関わらないようにしてる。
参拝もしないし、無視です。

471宝珠真範@迦楼羅 ◆9XuF3XEACk 2017/09/05(火) 12:16:48.85ID:c63RYp9O
あと...時間とれたら、
本題の栄進さん宛てを投稿します。
栄進さん、宜しくお願いします。

472神も仏も名無しさん2017/09/05(火) 13:12:12.66ID:wo3bh5iZ
「この人の悟りのレベルは〜の段階」、「あの人の悟りのレベルは〜の段階」 などと言って
いる間は、まだ宗教の本質がわかっていない状態だと言ってよい。

殺人教のオウム真理教では、麻原も弟子達も修行によってステージが上がるなどと馬鹿げたこと
を信じていたことで有名だ。

「無我」 なのであるから悟る主体などは存在しない。
ステージの上下などは存在しようがないのだ。

このスレの宝珠真範とか言う者は
「それでも2.0段階ならば、強力な神通を発揮するレベルには違いありません。」
などと子供のようなことを書いている。
時空を超えた世界では神通力など何の価値もないのだ。
神通力うんぬんを言う者は時空を超えた世界を知らないオカルトおたくに過ぎないのである。

473神も仏も名無しさん2017/09/05(火) 15:09:00.95ID:y/lEBYCW
>>472
イエス・キリストは第4段階、臨済宗の栄西で2.2段階だったとされています。

474神も仏も名無しさん2017/09/05(火) 16:58:27.81ID:csaYes4H
マニ宝珠は「世界」そのもの、お釈迦様の「見明星」もこれを指しているんでしょう
それなら、神通力といった超能力どころか
「能力」 それ自体が認められないことは自明なのでは?

475栄進2017/09/05(火) 17:38:46.98ID:DuDzc80A
>>462
アートマンは主体でもない、とも言うとった。
ワシのアートマン探究はここどまりや(´;ω;`)
>>471
ゴクリ(´・ω・`)こちらこそ宜しくです。待ってます。

476神も仏も名無しさん2017/09/06(水) 10:47:11.00ID:dact5FG2
余談ですが、鶴太郎は最近ヨガにはまってるらしいが、シヴァ(不動明王)は絶対唱えてはいけない。
こいつは実は何万年も人類をだましてきてます。嫉妬とひがみの因縁が切れておらずわかりやすく
いえばオーム心理教と同じです。記憶や思いも都合いいように変えられてしまいます。実際には
そうゆう不徳じゃない人が不正に障害者にされたり借金地獄にされたりしています。
たけしもいつかテレビで見たが密教の寺を興味もってたずねていたが不動は絶対
お参りしてはいけません。また、密教の寺のほうももう不動は悪にいってしまったので曼荼羅から
はずすべきです。APPLEのジョブズは何も知らずに禅宗にいったのでそのとき不動にまきこまれ
癌になって死亡したのではないかとも思われる。

477神も仏も名無しさん2017/09/06(水) 14:21:13.35ID:Qk0iqBk1
>>472
禅がさとりに段階をつけてるのと同じようなもんですよ

478神も仏も名無しさん2017/09/06(水) 16:16:36.09ID:J0Mw0g+a
>>477
全く違う。禅は超能力などには何の価値も置いていない。

479神も仏も名無しさん2017/09/06(水) 18:37:10.71ID:oFShqzIo
>真言密教を学んできた私からすると、もっと高レベルを想定したのでこれには驚いたのです。
けれどもそれは、空海にまつわる神格化と伝説の凄さに麻痺してバイアスが掛かっていたからなのだろうと納得しています。


そう書く宝珠は、やはり江戸期伏見稲荷密教。確定。

480神も仏も名無しさん2017/09/06(水) 22:33:53.21ID:zDJZrLbM
>>478
逆にいえば違いはそこだけ

481神も仏も名無しさん2017/09/06(水) 23:02:26.95ID:J0Mw0g+a
>>480
そこが違うということは根本が違うということ。次元が違うということです。

482神も仏も名無しさん2017/09/06(水) 23:15:01.27ID:zDJZrLbM
>>481
>「この人の悟りのレベルは〜の段階」、「あの人の悟りのレベルは〜の段階」 などと言って
>いる間は、まだ宗教の本質がわかっていない状態だと言ってよい。
>「無我」 なのであるから悟る主体などは存在しない。
>ステージの上下などは存在しようがないのだ。

見性と印可の段階の違いは?

483神も仏も名無しさん2017/09/07(木) 00:27:27.19ID:RcTYQ1wb
>>482
見性・印可は臨済宗だけにあるもので、曹洞宗には存在しない。
見性・印可は此岸における方便であって、彼岸にはそんなものはない。
悟る主体などは存在しないのであるから段階などは本来あり得ないのじゃ。

484宝珠真範@迦楼羅 ◆9XuF3XEACk 2017/09/07(木) 12:22:07.47ID:r5sdiuQB
栄進さん今、執筆中です。
有る程度の量になってから、随時、分割して何回かに分けて連投したいと思います。
やはり数日の時間を要するので、どうか気長に待ってもらえれば助かります。
雑音は今はなるべく無視放置の方向ですが、
その他の気になったことについては時折りレスを附けます。

>>472
>イエス・キリストは第4段階、

これについては少し補足をさせてもらいます。
イニシエート、イエスのイエス個人としての最終的な進化段階は確かに4.0でした。
しかし、イエスのバプテスマ以降〜十字架死までの3年間は、
キリストであるMaitreya(カタカナ表記は規制対象にて)からのオーバーシャドゥ
(高次の意識がより低位の存在の手足を自分のものとして使用する)でした。
なので、オーバーシャドゥにあったイエス・キリストとしての教えはMaitreyaからのものです。
ハイアラキー(人類の進化に関わる覚者方で形成されるグループ)の頂点に立つMaitreyaの進化段階は「第七段階」とされています。
つまり、福音書のイエスの教えは7段階イニトエートからのものです。

485宝珠真範@迦楼羅 ◆9XuF3XEACk 2017/09/07(木) 12:24:37.92ID:r5sdiuQB
訂正
 「7段階イニシエート」

486栄進2017/09/07(木) 22:58:29.72ID:Gn7BieVM
>>484
了解です(´・ω・`)

487神も仏も名無しさん2017/09/08(金) 00:39:16.13ID:ogh6bjVC
>>484
未来仏の弥勒菩薩(まいたれーや)とはキリスト教のキリストと同じなのですか?

488神も仏も名無しさん2017/09/08(金) 01:08:58.49ID:IpKKM6i0
<時空と個人性を超えた世界> を知れば、「悟りの段階(ステージ)」 などは妄想で
あることがわかるようになります。
段階(ステージ)があると思うのは <時空と個人性を超えた世界> を知らない者だけ
なのです。
お釈迦様も達磨大師も悟りの段階などは方便としてしか語っていません。未熟な弟子達が
その方便を真実だと思い込んで一部の経典に書いていますが、それらは 「此岸」 から見た
妄想に過ぎないもので、「彼岸」 ではそのような妄想は消えてしまいます。

人の本体に個別性があると思う 「無明」 の状態にある者だけが悟りに段階があるという
妄想を抱いてしまうのです。
それは、「着ている衣装の生地やデザインが立派だから、その人のステージは高い」 と思う
のと同じように愚かなことなのです。

宝珠真範という男は、まだ 「無明」 の中で夢を見ている人間なのです。

489神も仏も名無しさん2017/09/08(金) 11:01:43.57ID:EmFZqBgl
神は有形か無形かという論争などもラーマクリシュナにとっては上辺のつまらぬ対立に過ぎない。
ブラフマンは無相無形であるが、人間の信仰の力、神への愛に応じて有形の人格神となって現れる。
だから一見神は様々な形をとっているように思われるのである。
ある1つの形をとった神が正しく、他の形が間違っているといったものではない。
神の様々な形は神の人間への愛の現われなのだ。
無性のブラフマンを知るためには自我を完全に滅却する必要があり、普通の人間には難しい。
一方、有形で人格を持つ神の方は親しみやすい。
人の個性は様々であるから、人と神との繋がりもまた様々である。
神と繋がるための具体的な手段としては宗教儀式や偶像崇拝がある。
迷信として非難される偶像崇拝もラーマクリシュナは「真珠を育成するために必要な母貝」として称揚する。
それによって神を愛せるならば偶像大いに結構とするのである。」

490神も仏も名無しさん2017/09/08(金) 11:32:21.31ID:9OyCGMaF
>>488
彼岸からみた妄想という表現すごくよくわかります。
体験すると、本当にハッとしますね。

491神も仏も名無しさん2017/09/08(金) 11:33:47.07ID:9OyCGMaF
>>490
間違えました。彼岸からみると妄想だったとわかる、でした。

492宝珠真範@迦楼羅 ◆9XuF3XEACk 2017/09/08(金) 12:41:03.85ID:H0UXV2Zn
>>484
はい。
秘教徒には知られている事実です。

これまで長い間、キリスト教と仏教における類似性についての指摘や、
イエスの“謎の空白期間”(12歳のときにエルサレムでの議論をした後、
30歳で洗礼を受けるまでの謎の空白期間)にイエスは仏教を学んだとか、
イエスがインド〜カシミール地方に出現していた記録が現地に残されている・・・等々として、
噂され続けてきたことも頷けるものがあるということです。
そして、最新神智学のもたらす情報は、
未来仏Maitreyaは、1977年以降〜すでに肉体にて現代社会の中に入られているというもの。
彼は世界を動かすためには世界最大宗教であるキリスト教徒の影響を考慮し、
御自身を宗教的にはキリストとしてのイメージを重視されます(聖書三大宗教への影響)。
しかしもちろん、仏教徒に影響を及ぼされる際には弥勒仏として御自身を顕されます。
スレ違いにて、ここでは詳細は省きます。

神智学の説く、“Maitreyaと世界五大宗教の関係”
  http://houjugusya.web.fc2.com/world5.htm
キリストの再来と奇跡の水(94年頃放映/日本テレビ『スーパーテレビ』)
  http://www.youtube.com/watch?v=ajp5p0b0-6E
シリア騒乱の中で“白い天使”の出現としてメディアに現地報道された傷ついた人を助け出すMaitreyaの姿
  https://www.youtube.com/watch?v=sSGVtJOeXAo

493神も仏も名無しさん2017/09/13(水) 21:33:00.36ID:GFxS5NQQ
施設に収容されている宗教性妄想患者が作成した文章の例。

>俺は、最近裏工作的に牧師の霊的指導を笑、
>当然そういう風に魅せずにな笑。
>世話になっている坊主に俺は、自分の修行が
>進まんのにクリスチャンの世話ばかりしてい
>ると笑。
>今日は、さっき書いたが、修行マニアの書い
>た本(どちらかというと仏教、神道系など、
>神秘主義修行の内容が多いのに笑)に、世話
>になっている坊主の公案修行、鈴なのど本を
>書いてあるのを読んだ。
>彼は本物だと知っていたが、きちんとした出
>版社に載るようになったとは笑。

494神も仏も名無しさん2017/09/14(木) 00:15:13.46ID:kfitLBEa
アートマンとブラフマン
http://gamp.ameblo.jp/pom1920/entry-10034551494.html

495神も仏も名無しさん2017/09/14(木) 08:18:48.93ID:z4Dm4V0V
↑この人分かってない。
参考になりませんね。

496神も仏も名無しさん2017/09/14(木) 08:33:59.83ID:cO6OZMSv
>>495
あんたは分かっているのか?

497神も仏も名無しさん2017/09/14(木) 08:51:36.33ID:W37gJgXX
>ゴーダマ・シッダルタによると「我は無なり」
>と言うことから「色即是空」おける「空」と
>考えられている。

>ブラフマンを仏教では「色即是空」おける
>「色」と考えられている。

ブログ主は、アートマン=空、ブラフマン=色と捉えている。
捉え様がないものを言語で仮設したものが空であり、また、仏陀は無(非)我を説いた。

498神も仏も名無しさん2017/09/14(木) 08:59:09.51ID:W37gJgXX
> 悟りを得た人のみが見ることのできる
> ニルバーナは実際には場所だと勘違い
> している人が多いが正確には「異界」
> のことでこの世に有りながら垣間見る
> 事の出来るもの、と考える事ができる。

オカルトだね。

499神も仏も名無しさん2017/09/14(木) 17:27:01.55ID:qFl727v/
【聖母マリア出現】ファティマ第三の予言が明らかになった!!【SPEC】
http://fate.2ch.net/test/read.cgi/spiritual/1503930220/

151 THISMAN ◆rfvLewovkA

でも、考えてみてよ。死後の世界に帰って来る人達が
いつまでも居ないことには、説教も始められないのよ。

あの世で待っている人達がいつまでも宗教を終わらせないよう、
あの世で待っている人達がいつまでも説教を終わらせないよう、

この世には記憶がない状態で人が生まれてくるんだよ。

毎年、生まれる赤ん坊がもし、日本で二人位しか居なかったら、
あの世の宗教家も、どうやって喧嘩をさせたらよいか解らない位だよ。

傍にいて、「早く喧嘩をしろ、あとで喧嘩をしない平和な気持ちを教えてやるから」と
云っても、なかなか喧嘩をしてくれないというか、二人を出逢わせる為に大変だろうね。

500神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 02:05:15.85ID:aUL5MW46
 中国で生まれた禅宗には、先に触れた老荘思想の影響か、梵我一如化の傾向を感じます。
 仏性(ぶっしょう)という考えは、「一切有情悉有仏性」という表現で示されるように「仏となるべき本性」であり、
「わたしの中にある肯定すべき本来の私」、すなわちアートマンとほとんど同意ですが、大乗仏教では広く見られ、禅宗も例外ではありません。
 もっと分かりやすい事例を挙げると、唐の時代の有名な禅僧、臨済義玄は、『臨済録』に「赤肉団(心臓)の上に一無位の真人がいる」「随処に主となれば、立処皆な真なり」という言葉を残しています。
一無為の真人とは、アートマンそのものですし、「随処に主となる」というのも、第一原因たる主体であろうとすることでしょうし、自由不羈のアートマンであろうとすることだと思います。
釈尊の無常、無我、縁起の考えとは相容れません。(詳細は、『禅思想の批判的研究』松本史朗著 大蔵出版を参照)
http://mujou-muga-engi.com/honron/shitai/dou/jou/

501神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 03:47:03.35ID:p8V3bz6Q
>>500
まだこんな変な論文引き合いに出してくるとはw

松本さんは正師に参じて見性を許された方じゃ無いでしょw
体験無しに字面だけ追って憶測で梵我一如云々と決めつけるならなんでもありだわwww

502神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 04:06:57.44ID:p8V3bz6Q
>>501(続き)

>>500
> 一無為の真人とは、アートマンそのものですし、

いや、違うってw、一無「位」だよwww
しいて言うなら、アートマンは否定によってしか表せない「有」位の真人、臨済のそれは「無」位なw
龍樹の言う四句否定と変わらんよ。
公案貰う時「有に非ず、無に非ず」と言われるからw

503神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 04:15:54.02ID:p8V3bz6Q
>>502(続き)

>>500
> 「随処に主となる」というのも、第一原因たる
> 主体であろうとすることでしょうし、自由不羈
> のアートマンであろうとすることだと思います。

いや、これも違うわw
真空妙有(用)、無位の真人が自由な働きをなすが、肘外に曲がらずで、不自由ままに自由なんですわ。

504ジャンキー大山2017/09/15(金) 04:25:58.40ID:p8V3bz6Q
禅に対する体験や知識が無いのに、語録の字面だけ追ってたら、例えば、「殺仏、殺祖」とかどーなるの?
「富士山をここに呼んでこい」とかなw

アホ過ぎる。

505神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 05:44:36.07ID:qCtN/w6T
>>500
>・・・・・。釈尊の無常、無我、縁起の考えとは相容れません。(詳細は、『禅思想の批判的研究』松本史朗著 大蔵出版を参照)

何の宗教体験もなく、単に言葉の上だけで仏教を学んでいる愚か者だけがそのような
ことを考えてしまうのです。

宗教体験があれば、真実の世界は決して言葉では表わせないもので、全ての表現は
それを読む者を真実の世界に引き入れる為の方便に過ぎないことがわかるのです。
それがわかるから、原始仏教が大乗仏教に発展していった理由も理解できるのです。
体験のない者は言葉で表わされた世界が真実だと勘違いしてしまう為に、表現の違い
に惑わされて 「原始仏教と大乗仏教は違う」、「この教えとあの教えは違う」などと
考えてしまうのです。

宗教体験のない者が書いた仏教書ほど無意味で有害な書物はないと言ってよいでしょう。

506神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 08:56:32.18ID:aUL5MW46
 最晩年の釈尊は、悪魔から「もう死ぬべき時だ」と誘われた時にこのように答えます。

「わが修行僧であるわが弟子たちが、・・・みずから知ったことおよび師からおしえられたことをたもって解説し、
説明し、知らしめ、確立し、開明し、分析し、闡明し、
異論が起こったときには、道理によってそれをよく説き伏せて、教えを反駁し得ないものとして説くようにならないならば、その間は、わたしは亡くなりはしないであろう。」
(『ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経』中村元訳 岩波文庫)

 この言葉も、無念無想の無分別知とは正反対の、言葉によって分析し合理的論理的に説明し伝えるという姿勢をはっきりと示しています。
禅宗の不立文字の伝統とは正反対です。

507ジャンキー大山2017/09/15(金) 09:29:54.81ID:p8V3bz6Q
>>506
こりゃ又禅に対する体験や知識が無いのに不立文字を騙ってるねぇw

真理そのものは言葉で表現出来ない旨のスタンスは禅だけでなく仏教全般(一部除く)でしょうがw
求道者のあり方や著作物については、むしろ禅宗が圧倒的に多いと思うけど?

また、公案を通して理や事を明らかにしたり、漢詩や俳句、著作物にて合理的、論理的に説明しているのも、禅宗に多いと思うけど?

あんた、実参もせんで想像で禅宗を語るんだったらなんでもありだわwwww

話にならんわw

508神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 09:41:22.80ID:aUL5MW46
 タイのブッダダーサ比丘(Buddhadasa Bhikkhu、タイ語ではプッタタートとも)は、
『Handbook for Mankind』という冊子で定についてこんなことを言っています。(英文からの曽我による訳)

「言葉を替えれば、それ(正しい定のあり方)は、働くのに適したものであり、(知るべきものを)まさに知らんとするものである。
これが目指すべき定の程度であって、気づき(念)のない、石のように固まって座る深い定ではない。
このような深い定で座るなら、なにものをも詳しく観察することはできない。
これは(念のない)不注意の状態であり、慧の役には立たない。
(それどころか)深い定は、慧の修行に対する主要な障害のひとつである。内省の修行のためには、まずもっと浅い定のレベルにもどらねばならない。
そうすれば心が得た力を使うことができる。
高度に開発された定も、(完成の境地や目的ではなく)(慧の修行のための)道具に過ぎない。」

​「深い定によってもたらされる幸福感や安らぎあるいは無分別を、完全な苦の滅尽であるとする間違った理解は、
釈尊の時代にも多くみられたし、現代においても依然として喧伝されている。」

509ジャンキー大山2017/09/15(金) 09:49:07.83ID:p8V3bz6Q
>>508
はいはいw
禅宗でも同じですからw

>​「深い定によってもたらされる幸福感や安らぎあるいは無分別を、完全な苦の滅尽であるとする間違った理解は、釈尊の時代にも多くみられたし、現代においても依然として喧伝されている。」

禅宗でもそれは魔境とされてますからw

510ジャンキー大山2017/09/15(金) 10:01:16.35ID:p8V3bz6Q
あー、禅宗の祖師方の言葉は劇薬みたいなもんもありますから、禅に対する体験や知識無しに解釈すると、野狐って言葉もあるように、変な方向に行くかもねw

511神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 11:03:32.26ID:pzwuL12O
お釈迦様は
真実は言葉では表現できない
なんてこと言ったの?

512ジャンキー大山2017/09/15(金) 12:10:51.60ID:p8V3bz6Q
>>511
吹いたwww

「真実と真理は全く違う」などと、余りにも当たり前過ぎた事は、お釈迦様もいちいち言わんかったろうねw

513ジャンキー大山2017/09/15(金) 12:15:29.09ID:p8V3bz6Q
真理そのものは言葉で表現出来ない

真実は言葉では表現できない

この二つの文章は同じか、違うか?
仏教云々以前に、そこから考察してみようね^_^

514神も仏も名無しさん2017/09/15(金) 12:38:45.09ID:pzwuL12O
>>505
>宗教体験があれば、真実の世界は決して言葉では表わせないもので、全ての表現は
>それを読む者を真実の世界に引き入れる為の方便に過ぎないことがわかるのです。

515ジャンキー大山2017/09/15(金) 13:00:03.03ID:p8V3bz6Q
それ、俺じゃねーしw

516神も仏も名無しさん2017/09/20(水) 14:37:12.16ID:rR99kLLy
宗教体験をして分かったこと。

うんこは口からは出てこない。

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